=こころの温泉 パート4 武力也追悼ライブ レポート=
( by みき )
神楽坂は人生に行き詰った人間を、隠してくれる都会の中の隠れ里だ。
神楽坂で半年暮らしたことがある。子供を育てる十数年の疲れが溜まって立ち上がれぬほど疲労していた頃、神楽坂の小さなアパートを事務所と称して隠れていた。
大家さんは80歳を越した一人暮らしの女性。「息子に郊外の家で一緒に暮らそうと言われるが、自分は一人でここに住むのがいい」と、不自由な足をかばいながら家の中だけで暮らしている。隣には三世代の自営業の家族。毎朝「行ってきまーす」の声が聞こえてランドセル姿の女の子が駆け出していく。まだ50代そこそこの祖母たちは、道で立ち話をしている。アパートの階段から降りていくと「おはようございます」の声がかかる。だけどそれ以上店子のことを詮索しないのは、土地に住み着くものと流れていくものの間の暗黙の了解事項だ。
夏のはじめに毘沙門天の祭りを見た。堤燈がぶら下がり、夜店が立ち並び、いつもより賑やかな都会の夜の祭り。そして夏の終わりは赤城神社の祭り。町内から大人神輿と子供神輿が出て、昼間から練り歩く、社務所脇にできた控え場所では、町内の長老たちが昼間から酒を飲んでいる。境内にしつらえられた舞台は夜になると出し物やカラオケ大会を楽しむ老若男女。
次に毘沙門天でこころの温泉をやるなら地元に声をかけてみよう。タウン誌3紙。住み着いた人々も文化的興味の高い人が多く、詩の朗読と音楽と聞くと大勢の人が集まるだろう。毘沙門天の前で、太鼓を叩いてのぼりを立てて呼び込みをやろう。通りすがりの人がふらりとやってくるだろう。受付は玄関内でなく、外にしつらえて賑やかにお客を出迎えよう。そんな風にするならば、もっとたくさんの助っ人が欲しいから、若い人たちに手伝ってもらうといい。
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きょうは武力也さんの追悼ライブ、こころの温泉 パート4。武力也さんと縁の多い人たちが集まってくる。
朝早く着いたので、赤城神社へいって石に腰を下ろしてぼおっとしていた。見上げる木の新緑が綺麗だし、顔に当たる風が涼しい。3年ぶりの神楽坂の知り合いを訪ねて、昼ごはんをご馳走になる。毘沙門天で詩の朗読、という話をしたら、後から聞きに行くと言ってくれた。
1時に毘沙門天へ。お参りに来る人々は入るときに必ず礼をして、それから本殿に上がっていく。門の前に立ち止まって人待ち顔の人もいる、もしや、さんちゃさん?、とよほど声をかけようと思ったが、しばらくして待ち合わせの女性が来て去っていった。
みおさんの携帯に電話してみる。「今、近くで昼食を食べています」と言うので、暇つぶしに誘うのは悪いかと思っているうちに、春菜さん到着。二人で前のコーヒーショップでしばらくおしゃべり。
一時半にチクユウさんとみおさんを発見。次郎さんと文子さんの車でこころの温泉の本が到着して、皆で会場設置開始である。車から荷物を降ろす人、会場の座布団を並べる人、倉橋さんの絵を並べる人(猫の絵を提供してくださったのは田場寿子さん)。私は隣の部屋でビールを冷やすクーラーボックスと格闘、水にビールとウーロン茶を入れると、3分の2ぐらい入れた処で水がこぼれ、あわてて床の拭き掃除。そうしているうち、電源を入れると冷えるのだ、という仕組みがやっとわかる。
一段落したらリベルタさんの舞台装置の制作のお手伝い。外国製ニューズペーパーの上質紙を細く細く巻いて、紙の棒を作る。これは舞台にしつらえる梯子になるらしい。美異亜さん、うつるさんが挑戦している。ことぶきさんも来て「こういう仕事は大好き」と、楽しそうにやるのだけれど、ところが案外難しいのだ。私も1枚の紙を何度も何度も巻きなおしてやっと1本できあがり。舞台ではミュージシャンが打ち合わせをはじめるので、ことぶきさんが呼ばれているが「ボクは忙しいんだ」と断りそうになるのがおかしい。
次郎さんから、「受付をやって」と言われて、文子さんのところへいく。温泉の文子さんは受付の顔。彼女なくては受付ははじまらないが、今日は少々体調が悪そうなので、できるだけ負担をかけないようにお手伝いしたいもの。
2時半になった。受付に来るお客に名前札を書いて頂き、入場料2000円をもらう。文子さんは手際よく今日のプログラムと桜隊のチラシを渡す。私も真似をするが、なかなかうまくいかない。名前札の半券は靴に入れてもらい、これが後で入場者数確認のメモとなる。
「こんにちわ」と入ってきたのは光が丘イベントの中心となったヤーチャイカのメンバーの一人、受付がすんだあと、手伝いを買って出てくれる。風邪っぴきで熱があるという上手さんが登場、人にうつさないくださいね。みおさんが外で「太鼓があると呼び込みができるのになあ」というので、温泉の青い半纏を着ているから少しは目立つだろうと外へ出た。
去年は武力也さんが木魚をたたいて呼び込みをしたのだそうだ。
外は初夏の日差し。境内に2本立てた幟の一つを外して門の外に立ってみた。「やっぱり太鼓は必要だよ」とみおさんが、アフリカンドラムのわきたにさんを呼びにいってくれた。
わきたにさんの太鼓の音に誘われて、近くの店の店主が「今日は何があるの?」と近づいてくる。長崎から来た83歳のおばあちゃんが「時間がないから見れなくてごめんな」と言いながら、JRへの道を聞いていく。神楽坂へお参りに来る人も、何だろうと振り返っていく。
そろそろ3時になった。開演の時間。入場者約80名。
武力也さんの朗読が流れている。文子さんにはしばらく座ってもらって、私は受付に立って、来場者がこないかと外を見ている。倉橋さんが「受付にもスピーカが欲しいな」と声をかけてくれる。会場入り口の外で、次郎さんがなにか考え事をする姿勢で座り込んでいる。近野さんがカメラを抱えて出演者を撮影している。春菜さんはピンクの半纏で司会を務める。
セリザワケイコさん、松永天馬さん(楯岡さん朗読)、小松紫さんの詩ボクシング関係の若手から、詩の朗読がはじまっている。
去年、こころの温泉がはじまったときには、詩ボクの若手詩人たちとのつながりは想像がつかなかっただろう。武力也さんの千葉大会主催、全国大会出場によってつながった人たちが、武力也さんのお通夜の夜の「追悼コンサートやるぞ、CDも作るぞ」という次郎さんの決意表明の実現として、今日この温泉に集まった。その間にみおさんは、東へ西へと走ってさらにそのつながりは広がっている。3月にはセリザワケイコさんを呼んで、名古屋で詩のイベント『鳥 Bird in K・D Japon』を開催したのだそうだ。
詩が人をつないで、人が詩をつないで。武力也さんがこの2年ほどの年月、朗読に力を注いだという熱気は、この人たちへと受け継がれていくのだろう。
こころの温泉の記録は、上手さんの公式レポート(http://homepage2.nifty.com/osamu-lyric/whats-new4.html)を見ていただくとよくわかる。当日の舞台の様子、読まれた詩について、竹勇さんの三味線「ばっちゃのダダダコ」、主催者の近野さんと次郎さんの挨拶について。
付け加えるとしたら、舞台裏で、楯岡さんが「http://www.・・・・これどう読もう。あーぜんぜんわからないわ」と頭を抱えていたこと。(その姿からは想像もつかない舞台の上でのあの熱演!)。みおさんの名作「天丼を持って走った日」を初めて聞くことができたこと。竹勇さん、わきたにさん、ことぶきさんの3人のセッションを、舞台の袖に隠れて聞いたこと。(狭いところに座って背中を丸めて聞いていると、私の周りを音がふわっととりまいて、とても幸せだった・・・)。
リベルタさんの舞台デザインはステキで、ブリキヤさんの詩を墨書きにした文字が、素朴でとても詩のイメージに合っていたこと、舞台にかけるはしごのこよりをみんなでわいわいいいながら作っていくのが楽しかったことなど。
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二次会は40名も集まった。その後、みおさん、私ほか2名は、本部の仕事を手伝ったあと、夜中の京葉道を走って文子さんの家におじゃまして、徹夜で語り明かした。
まさにエキサイティングな一日のおわりに、語られたのは
「なぜ私たちはここにいるのだろうか?」
という話だった。いっしょに語り明かしたあしゅりんさんもまきさんも、詩のボクシングで武力也さんの詩の観客であったのが判明。11月の奇聞屋での武力也・竹勇ライブで、武力也さんに挨拶をしようとして「また今度でいいや」と遠慮して帰ってきたのだそうだ。
ところが、次の知らせは武力也さんの訃報だった。また今度はなかった。それは私も似たようなものだ。11月のライブには行けないから、次は光が丘だと思っていた。それともどこかのイベントの二次会で知り合いになれる筈だった。
ところが、また今度はなかった。まきさんの言葉に曰く
「今日という日は今日しかないのです」
文子さん宅で(家主はさっさと寝られたのだが)の徹夜の語りは楽しかった。あしゅりんさんの朗読は聞きそびれてしまった(うっかり寝てしまったので)。みおさんとあしゅりんさんのしりとり遊びはわけがわからずおかしかった。不思議なワルプルギスの夜。けれど出会ったのはきっとこの4人だけではなくて、温泉のあとの3次会では、別のたくさんの出会いがあったに違いない。
こころの温泉は、なぜかこのように人をつないでいく。遠くにいて行けないからと、ネット仲間の風子さんより差し入れがあった。おいしい手製のケーキ(内容は山芋と小豆の蒸しパン)だった。うつるさんの玉子焼きも好評だった。ことぶきさんから、また今度も食べたいなあ、のリクエストがかかっている。春菜さんのから揚げは日本酒のお供に見たから、誰かの胃袋に入ったことだろう。
連休になるとうつるさんの「こころの温泉光が丘レポート」がその3まで出た。貴重な記録だ。とても長くなりまして・・・とはいつもの謙虚なうつるさんの口上だけれど、ここまでまとめるのはすごい! の一言につきる。読めばあの日と周りの熱気がよみがえる。参加できなかった人も楽しんだ、という書き込みを読むと、また胸が熱くなる。
人生はほぼ、つらいことやつまらない毎日の繰り返しなのだと、長く生きているうちにしみじみ思うけれど、そんな日々のなかで、思いを寄せることのできる「ある特別な日」にかかわることができて嬉しいと思っている。
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